ヒソクロ『痴人の愛』説

2026.07.29

久々に谷崎潤一郎の 『痴人の愛』を読み直しました。

もうね、っぱヒソクロよ!これ!テンアゲよ!

……と言っても、「『痴人の愛』=ヒソクロ」と完全に同一させている訳ではありません。別にクロロはあそこまで性に奔放じゃないですし。私の着目点は主に譲治さんと、2人の関係性についてです。

(´-ω-`)

ヒソカの恋愛観には『痴人の愛』と通じる構造がある。

コミカライズ版やWikipediaなどでは、譲治さんのナオミちゃんへの崇拝が印象的に語られることが多いのですが、原作だと譲治さんはナオミちゃんをちやほやしつつ、「育ちが悪いな」「品がないな」「冷静になってみると、そこまで大した女でもないな」としっかり見下しているんですよね。何度も幻滅している。それなのに、その大したことのない女に幻想を抱き続けている。恋のフィルターぶん掛かりなのです。

愛している相手を、自分の理想像として見てしまう。この時点でかなりヒソカみがありませんか?

ヒソカはクロロを「悪党を束ねる冷徹つよつよボス」として見ている。それ以外の顔はアウトオブ眼中。「つよつよボス」が実はクロロが頑張って作り出した虚像だったとしても、そんなのお構い無しにその虚像を追いかける男、それがヒソカなのだ。

ヒソカはクロロを熱烈に愛している。分厚い色眼鏡が外れた時、果たしてその愛は持続するのか───

( -ω- )

そして、関係性の話。

『痴人の愛』は、単純な「支配する・支配される」物語ではない。譲治さんはナオミちゃんを思い通りに育てようとする。しかし、結局はナオミちゃんに振り回される。ナオミちゃんは小馬鹿にしながら譲治さんを利用する。なのに、二人とも離れられない。そこには愛情だけでも、支配だけでも説明できない依存がある。

ヒソカはクロロを高く評価し、「クロロを理解している」と思っている一方で、どこか「自分の理想のクロロ」を見ている。一方クロロは、ヒソカの戦闘狂な性分も、執着も、かなり見透かしている。その上で「こいつはそういう奴だ」という冷めた目で見ており、利用しようとする側面がある。

お互い相手を理解しつつ、少し見下してもいる関係。

私が似ていると思ったのは、「互いを完全には対等視していないのに、互いから離れられない」という成り立ちです。相手を理解していると思いながら、同時に理想化もし、少し見下してもいる。その歪んだ認識が、お互いを縛り続けるのです。

(理想化は譲治さん・ヒソカ側が顕著ですね。しゅきしゅきフィルターが猛威を奮っております。一方、ナオミちゃん・クロロ側はそこまで相手に盲目的でない。その対比が面白いんですよね。)

( >ω< )

また、『痴人の愛』には「ははあ、此奴、この手で己を欺そうとしているな。でもお前は可笑しな奴だ、可愛い奴だ、己にはちゃんとお前の腹は分ってるんだが、折角だから欺されてやるよ。まあまあたんと己をお欺し………」というフレーズがあります。カワリちゃんはこの考え方がマジで大好きなんですよね。

ヒソカのセリフはこれのオマージュ

ナオミちゃんは、そんな譲治さんの思考パターンを理解した上でわがままを言ったり甘えたりするんですよ……そして、譲治さんもナオミちゃんの打算的な振る舞いに気づいている。が、依然として騙されたフリをして甘やかす。

(最終的に、譲治さんはナオミちゃんの色香に狂わされ「ナオミさん無しでは生きていけないし、仕方ないんスよねぇ……」みたいな態度でATM兼奴隷に成り下がる。それでもなお、「やむを得ず騙されてやってるんだ!」みたいな考えがチラチラ顔を見せる。男のプライド、堪らねぇ〜!)

自分の方が一枚上手だと思っていたい!……この入れ子式の心理戦を、当記事では「騙し騙しのミルフィーユ」と呼ぶ。

私のヒソクロも「騙し騙しのミルフィーユ」だ。クロロがヒソカを誑かす。ヒソカはクロロの魂胆を見通した上で、喜んでカモになる。クロロは、そんなヒソカの心理を理解した上で誑かしていた。ヒソカも、クロロの裏の裏の思惑を知った上でカモられていた……そうして二人は、騙し、騙され、またその裏を読み合う。「騙し騙しのミルフィーユ」を、何層にも重ね続けている。

どう?みんなにも「ヒソクロ『痴人の愛』説」が伝わってきたんじゃないかな?互いに少し見下しているからこそ生まれる「騙し騙しのミルフィーユ」。滾るよね?

( ˇωˇ )

この「騙し騙しのミルフィーユ」、私の創作で度々出しているつもりなんだけど、みなさまお気づきですかね?

いちばん顕著にそれが出ているのは、小説『お引越し』です。

……というかね、『痴人の愛』が好きすぎてModern AU:Domestic Daysシリーズは全体的に『痴人の愛』のオマージュを散りばめています。「オモチャの家」はまんま「お伽噺の家」ですし。

『痴人の愛』の作中ではサラッとした描写で終わってしまうのですが、2人の同棲開始前後の家探しや家具集めの際の張り切っている譲治さんがかなり好きなんですよね。これは小説『お買い物』でモロに出しています。

ナオミちゃんが段々家事をしなくなっていって、譲治さんが仕方なく「お伽噺の家」を掃除をする下りも好き。それもヒソクロで描いています。

ナオミちゃんとは違い、攻めが作った飯をちゃんと食う

あ!これ!最大の情報かもしれない!

私はよくヒソクロを映画館に行かせたり、配信の映画を家でダラダラ観させていますが、これも『痴人の愛』の影響です。『痴人の愛』の冒頭、ナオミちゃんと譲治さんがカフェの女給と客だった頃に、しょっちゅう2人で活動写真を観に行っていた……という描写が私の映画館ヒソクロの由来です。

来年の5月に出したい本の原稿

何はともあれ、私は『痴人の愛』の序盤のワクワクしている譲治さんといじらしいナオミちゃんの雰囲気が大好きなんですよね。

カワリちゃんは『痴人の愛』でもっと見たかった場面を、ヒソクロで補っているのかもしれません。何故に?

(^-^)

「ヒソカの好意にあぐらをかいて好き勝手するクロロ」が性癖なことは定期的に発信していましたが、なんとそのルーツはヒソクロとは一見無縁、実際無縁の『痴人の愛』だったのです!

『痴人の愛』は青空文庫でも読めるので、読んだことがない方は是非とも読んでみてくださいね。私は基本、「『殺し屋1』と『刃牙』シリーズを読めば、ヒソクロの解像度が上がる」と説いていますが、私の描くヒソクロに限っては『痴人の愛』こそがバイブルです。

『痴人の愛』を読めば……私のヒソクロ観が、少し分かるかも!?

大切なのは、ヒソカがクロロに騙され、振り回されているのに幸せそうにしていること!相手の身勝手さや打算まで理解した上で、それでも惚れている男。かっこいい!