クロロとヒソカと、ヒソカの自己認識
友達に420話のヒソカを見せたら、「整形した?目がくりくりで、クロロに似てきてるじゃん」と言われました。
確かに、今のヒソカは損傷した顔をバンジーガムとドッキリテクスチャーで補修しているから、いくらでも整形可能ではあるが!?
私は冨樫先生が気分で作画を変えているだけだと高を括っていたので、その着眼点に感動しました。「クロロの顔が好きすぎて、自分の顔すらクロロに寄せ始めるヒソカ」という、新概念!
面白かったので、この解釈を少しだけ練ってみました。
(^-^)
まず第一に、ヒソカは別にクロロになりたい訳ではないと思います。あくまでも、クロロが好きすぎて、美しい顔の基準がクロロになってしまっただけなのです。
自分は自分で大好き。でも、クロロも好きすぎる。自分への愛とクロロへの愛の境界が、少しずつ曖昧になっている……それが今のヒソカなのだと思います。
以前の記事でも書きましたが、ヒソカはクロロを高く評価し、「クロロを理解している」と思っている一方で、どこか「自分の理想のクロロ」を見ている節があります。
なので、その「理想のクロロ」が美の頂点になっている。その美に自分も近づいていった結果、クロロに似てくる……といった事態に、ヒソカは陥っているのだと思います。
クロロが好きすぎて、美的基準までクロロに引っ張られ、自分の外見にまで影響し始めるヒソカ。
本人も気づかないうちに美的感覚がクロロに汚染されて、結果的に少し似た方向へ寄っていくヒソカ。
クロロが「好きな相手」の範囲を越えて、自己認識にまで食い込んできているヒソカ。
怖っっっっ!!!!
ここまで来ると、「理想のクロロ」という名の宗教である。
ゲームのキャラメイクでクロロを作るノリで、自分の顔までクロロに寄せるな!
「鏡を覗いた時に、好きな顔がこっちを見ていたら……嬉しくない?」くらいに思っていそうで嫌だ!
GI編でもゲーム内でクロロを名乗っていたから、妙に信憑性があって嫌だ!
(´ºωº`)
そんなの……嫌だ〜〜〜〜!!!!
冨樫先生の気分で顔が可愛くなっているだけであってくれ……!!!!
でも、これを機にヒソカとクロロの愛の形の違いについて改めて考え、萌えました。
ヒソカが妄信的に「理想のクロロ」を追いかけ続ける横で、クロロはヒソカを一人の男として見て、地に足のついた愛し方をしているんですよ。
ヒソカの愛は派手で巨大だけれど、クロロ本人を見失いかけていて、危うい。クロロの愛は目立たないけれど、ヒソカを美化せず現実の彼から目を逸らさず、受け入れている。
だからさ!今の顔面クロロ寄せ寄せヒソカを見たら、クロロは普通に心配したり、悲しんだりするんじゃないかな。「お前のままでいろ」って言うと思ぅ(´・ω・`)
……って思ったんだけどさ、普通に助走つけてヒソカ殴りにいくよな……今のクロロ……
クソッ、ヒソクロが殺し合ってる仲だってこと、毎秒忘れてる……!