死にてー

2026.09.02

「あの瞬間が人生のピークだった」と言える出来事がある。

小学6年生の頃の話だ。当時、私はクラスに好きな男の子がいた。5年生の新学期にクラス替えをしてからずっと好きだった男の子だ。ここでは仮にK君と呼んでおく。

6年生の3学期に、それまで遠くから目で追いかけるだけで精一杯の存在だったK君と、一緒に下校する機会が何度かあった。同じクラスで通学路も一緒だった私とK君とS君の3人で下校していた。

私はそれだけで十分過ぎるほど幸せだったが、ある日、事件が起きる。

私がひとりで下校していると、後ろから私を呼ぶ声がした。K君だった。普段はS君を挟んでK君と会話をしていたので、ドキリとした。「S君いないけど、いいの?」「S君目当てで一緒に下校してるのかと思ってた!」……と、混乱した。

そして、2人で並んで歩いた。緊張しすぎて、会話の内容は覚えていない。しばらくすると、いつもK君と別れている分かれ道にたどり着いた。私は「じゃあ……」とK君に別れを告げ、自分の家がある方向の道に歩を進めた。

すると、後ろからカラカラカラ……と乾いた音がした。私はそれがすぐにK君がランドセルに下げていたプラスチック製のホイッスルの音だと気づいた。

振り向くと、K君がニヤニヤしながら私についてきていた。「なんで!?家、反対方向でしょ!?」とテンパりながら聞くと、「カワリの家がどこにあるのか知りたくて」とK君は答えた。

異常事態に、脳が焼き切れるかと思った。結局、K君は私の家の前までついてきて、「これがカワリの家か〜」なんて楽しそうに呟き、しばらくしたら帰って行った。

私は家に入ると、言葉にならない呻き声をあげながらじたばたした。

嬉しかった。
けれど、それと同じくらい、嫌だった。

私のクラスはませていたので、クラス公認のカップルなんかがいた。私達もそうなってしまうのだろうか?……そう考えると、嫌だった。私はK君の「あれが好きだ」とか、「これが嫌いだ」とか、そういう話を隣で聞いているだけで良かったのだ。

───結局、それから特に進展もないまま卒業し、K君とは疎遠になってしまった。

K君が家までついてきたあの日のことは、私の人生でいちばん鮮烈な記憶であり、大切な思い出だ。あれを超える体験には、きっともう出会うことができないだろう。

K君は、未だに夢に出てくる。

(>_<。)

恐らく、私はアセクシャルだ。

K君が家までついてきた時の感情や、高校から専門学校時代にかけてつるんでいた男友達に対する感情を何度も何度も反芻し、近年たどり着いた答えだ。

人を好きになることはあるが、それが恋愛感情や性愛に繋がらない。……というか、恋愛感情や性愛がない。あと、自分に女性性を求められるのも、めちゃくちゃ嫌!

(「散々BL描いといて何言ってんねん!」と思われそうだが、あれはファンタジーとして割り切って楽しんでいる。剣と魔法の世界と同じカテゴリーなのだ。)

アセクシャルを自認してから、焦燥感と虚無感がすごい。

友人らが恋人を作り、結婚し、出産し、人生のステップを着々と踏んでいる姿を横で見て、それができない自分を責める日が増えている。

私だって一緒に人生を歩んでくれる人が欲しい。長い時間を共有してくれる人が欲しい。けれど、一般的に、そういう関係には恋愛感情や性愛が伴ってくる。「恋人・伴侶」と「友達・親友」では、どうしても前者の方が優先度が高い。それが私は寂しくって寂しくって仕方がない!

私の人間関係の最上位は「親友」なんだけどな……

きっと私は、K君とも恋人ではなく、親友になりたかったのだ。好きな物を前にした時に、それを「共有したいな〜」って思い合えるような関係。

あの時の嫌悪感を読み解くのに、15年近くも要してしまった。

K君の夢から覚めると、いつも絶望する。同窓会があったって意味がない!K君が大成していても落ち込むし、落ちぶれていても落ち込む!

私が好きだったのは、小学生のK君なのである。私の好きなK君はもう居ない!人生は「あの頃のお前が好きだったよ」の連続だ!

( ´;ω;` )

K君のことを思い出す度に、死にたくなる。「アセクシャルって、お先真っ暗じゃね?」と考える度に、死にたくなる。

この先も友人らは結婚・出産を選び、私と同じ場所からどんどんリタイアしていく。それに対して、私の人生に残されたイベントはあと「親の死」と「自分の死」しかない。私の人生って何なのだろう?

自分が死ぬ瞬間を想像すると、大体自殺している。自分の将来の姿を想像しても、自殺している。

でも、これは自殺願望や希死念慮とは違う。病人扱いしないで欲しい。いや、病人ではあるけど……それはそれ、これはこれだ。そういう死生観なのである。私にとっては事故死や病死の方が屈辱的だ。自分の死くらい自分で決めたい……と思っている。

私の父方の家系では、曾祖母と大叔父、祖父が自殺している。祖母は様子がおかしかった。父も重度の双極性障害だった。自分も軽度の双極性障害と診断されている。自殺家系なのである。

(親父、どうしているかな?絶縁して10年近く経つから、分からない。もしかしたら親父ももう自殺しているかもしれない。)

身近に自殺者がいると、どうしても自殺が人生の選択肢に入ってきてしまうものなのだ。なので、今すぐ死を選ぶほどの具体的な悩みがあるわけではないが、自分はいずれ自殺すると思っている。「そうなる運命だ」と諦観しているのだ。

自分がアセクシャルで良かった! こんな「自殺遺伝子」、これ以上世に広めちゃいけないよ!

ぶっちゃけね、もうこの世に未練、そんなにないんだよね。H×Hが完結しないから生きているだけ。

身辺整理したらいつ死んでもいいと思っている。大量にあるヒソクログッズの処分と、Appleのアカウントさえ削除すれば、いつでも。サブスクの解約もしなきゃ……

でも、それってすごく面倒くさい!
先延ばし先延ばし……仕方なく惰性で生きている。

「死にてー」とか言っておいて、先日もヒソクロのフィギュアと原作グッズを大量に買ってしまった。処分どころか増やしている。馬鹿か、私は。しかも、その大量のグッズは分割払いで買った。支払いが終わるまでは死ねない。

誇張抜きでヒソクロに生かされている。よく酒の席で「俺にはヒソクロしかないんですよ」と山田勝己ムーブをかましているが、だんだんそれがガチになってきている気配がする。

てか、「ヒソクロ追いし今も第2の人生のピークなんじゃねーの?」と思えてきた。連載が再開して2人が登場する度に、K君が家までついてきた時と同じくらいドキドキしているし。

しかも、絵を描いて、小説も書いて、本を作って、個人サイトを作って、挙げ句の果てにゲームまで作ろうとしている。

命が輝きすぎていないか?

燃え尽きる前に一際煌めく蝋燭だと思うとめちゃくちゃ怖いけど!

死にてーけど、やっぱヒソクロの行く末を見届けるまでは死ねねー!

ありがとう、ヒソクロ!